都心高騰が生んだ需要移転。主役となった城東エリア(足立区・葛飾区・江戸川区)
<ニュース概要>
都心部で始まった需要構造の変化
東京都の中古マンション市場では、長期間にわたり価格上昇が続いてきました。特に都心部では、国内の実需層だけでなく、富裕層や投資家、さらに海外資金の流入も重なり、世界の主要都市と比較しても高い上昇率を記録してきました。
一方で、価格上昇が続く中、市場の内部では明確な変化も起き始めています。
平均価格だけを見ると、市場全体が活況を呈しているようにも見えます。しかし実際には、エリアや面積帯によって需給バランスは大きく変化しています。その変化を映し出す指標の一つが「在庫数」です。
現在の東京都23区における面積帯別在庫の推移を見ると、需要がどこにあり、どこで弱まり始めているのかが見えてきます。
急速に積み上がる都心5区の広面積帯在庫
現在、特に顕著な在庫増加が見られているのは、都心5区における高価格帯・広面積帯の中古マンションです。

出典:福嶋総研
70㎡台から100㎡を超えるようなファミリー向け住戸を中心に、在庫は速いスピードで積み上がっています。
本来、都心の大型住戸は供給そのものが限られているため、高い希少性を背景に安定した需要を維持してきました。しかし近年は、価格上昇のスピードが実需層の所得成長や住宅ローン借入可能額の増加を大きく上回る状況となっています。
特に東京都23区では、都心に近づくほど広面積帯の坪単価が急激に高騰しました。

出典:福嶋総研
同じ80㎡前後の住戸であっても、エリアによって価格差が数千万円単位で発生する状況となり、従来であれば都心を購入対象としていた共働きファミリー層や高所得世帯でも、購入を慎重に検討せざるを得ない水準に達しています。
その結果、都心部の高額マンションは徐々に流動性を失い始めていると考えられます。
流動性を失うことは、供給が消えることと同義
ここで重要なのは、流動性の低下を単純に「売れなくなった」と捉えるのではなく、その価格帯で実需による取引が成立しにくくなっている点です。
市場において流動性を失うということは、それまで市場に存在していた供給が、実需層にとっては事実上市場から遠のくことを意味します。
例えば、これまで都心で8,000万円から1億円程度のファミリー向け住戸を購入していた層がいたとします。しかし価格上昇によって同じ住戸が1億5,000万円から2億円へと上昇した場合、その住宅は物理的には存在していても、多くの実需層にとっては購入対象から外れてしまいます。
市場統計上は供給が存在していても、実需市場においては供給が失われた状態に近くなります。
これは住宅需要そのものが消えたのではなく、需要が他エリアへ移転していることを意味します。
都心高額マンション市場の流動性低下は、東京都全体の需要構造を変化させる要因の一つとなっています。
受け皿となった城南エリア
実際にその動きは、目黒区、品川区、江東区、世田谷区、文京区といったエリアで確認できます。
これらのエリアもここ数年で価格が大きく上昇しました。しかし、都心5区ほど急激な在庫増加は見られず、広面積帯においても一定の流動性を維持しています。

出典:福嶋総研
通常、市場価格が大きく上昇すれば需要は減少し、在庫は積み上がる傾向にあります。
それにもかかわらず在庫水準が安定していることは、新たな需要流入が存在している可能性を示しています。
その需要の多くは、都心部高額マンション市場から移ってきた実需層であると考えられます。
「本来は都心5区を検討していたが予算が届かない」
「通勤利便性を維持しながら居住面積を確保したい」
「教育環境や生活利便性も重視したい」
そのような層にとって、目黒区や品川区、江東区、世田谷区、文京区は有力な代替選択肢となります。都心へのアクセスを維持しながら、同じ予算でより広い住戸を取得できるためです。
これらのエリアは単なる人気住宅地ではなく、都心価格高騰によって生まれた代替需要の受け皿として機能しているといえます。
城東エリアが東京都の住宅需要を支える
さらに注目されるのが、葛飾区、足立区、江戸川区といった城東エリアの動きです。
これらのエリアでは、高価格帯中古マンションの在庫が大きく減少しています。

出典:福嶋総研
背景にあるのは、相対的な価格競争力です。
東京都23区内において比較的価格水準が低く、なおかつ都心へのアクセスも良好であることから、多くの実需層が流入しています。
特に共働き世帯では、「通勤時間」と「住宅価格」のバランスを重視する傾向が強まっています。
都心近接エリアで60㎡の住戸を購入するのか、それとも城東エリアで80㎡以上の住戸を購入するのか。
価格高騰が続く市場では、この選択が住宅購入の意思決定に大きな影響を与えるようになっています。
その結果、城東エリアは東京都の住宅需要を支える重要な役割を果たしていると考えられます。
「どこでも上がる市場」の終焉
今回の市場変化は、東京都の中古マンション市場が新たな局面に入ったことを示しているのかもしれません。
これまでの市場では、「東京都ならどこでも上がる」「都心なら必ず売れる」という見方が広がっていました。
しかし今後は、需要が存在する価格帯、購入可能な面積帯、そして実需が成立するエリアがより選ばれる市場へと変化していく可能性があります。
つまり、市場を読み解くうえで重要なのは、平均価格の上昇率だけではありません。
「どのエリアの、どの価格帯の、どの面積帯に需要が残っているのか」という視点が、より重要になっていくと考えられます。
在庫は市場の未来を映す鏡
在庫の積み上がりは、市場の変化を示すサインとして捉えられることがあります。
今回起きている変化は、急激な価格上昇によって実需との乖離が進んでいた都心高額市場が、次の価格形成へ向かう過程とも見ることができます。
一方で、実需層が購入可能な価格帯を持つエリアでは、今後も高い流動性が維持される可能性があります。
在庫は単なる売れ残りではありません。
在庫とは、消費者がどこを選び、どこを選ばなくなったのかを映し出す市場のメッセージです。
都心高額マンションが流動性を失ったことは、その分の供給が実需層にとって市場から遠のいたことを意味します。
そして、その供給を求める需要は別のエリアへと移動し、新たな価格形成を生み出しています。
東京都中古マンション市場で起きているのは、需要の消失ではなく、需要の移転です。
その移転先を見極めることが、これからの市場を読み解くうえで重要な視点になっていきそうです。
調査概要
- 調査期間:2024年1月~2026年3月
- 調査機関:マンションリサーチ株式会社
- 調査対象:東京都23区内の中古マンション
- サンプル事例数:438,586事例
- 調査方法:公開されている中古マンションの売出情報を収集し、統計処理を施して集計
筆者プロフィール
福嶋 真司(ふくしましんじ)氏
データ事業開発室
不動産データ分析責任者
福嶋総研
代表研究員
福嶋総研代表研究員。早稲田大学理工学部卒。大手不動産会社にてマーケティング調査を担当後、
建築設計事務所にて法務・労務を担当。現在はマンションリサーチ株式会社にて不動産市場調査・評価指標の研究・開発等を行う一方で、顧客企業の不動産事業における意思決定等のサポートを行う。また大手メディア・学術機関等にもデータ及び分析結果を提供する。
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まとめ
東京都23区の中古マンション市場では、単に価格が上がっているかどうかではなく、「誰が、どの価格帯で、どのエリアを選べるのか」がより重要になっています。
都心部の高額マンションは、希少性や利便性の高さを背景に注目され続けてきました。一方で、実需層の予算感と価格水準に差が出てくると、購入希望者は条件を見直し、別のエリアへ選択肢を広げていきます。
その動きの中で、目黒区、品川区、江東区、世田谷区、文京区、さらに城東エリアのように、交通利便性や生活環境、価格とのバランスを持つ地域が改めて存在感を高めています。
今後の中古マンション市場では、平均価格だけを追うのではなく、在庫の動きや面積帯ごとの需要を見ることが、エリアの実力を知る手がかりになりそうです。住まい探しや不動産活用においても、「都心か郊外か」という単純な分け方ではなく、暮らし方や予算に合ったエリアをどう選ぶかが、より大切になっていくと感じます。




















