玄関まわりの植物がうつ予防に貢献する可能性-玄関まわりに植木や花がある住宅に住む高齢者はうつが16%少ない-
<ニュース概要>
高齢社会を迎える日本において、「住まい」が健康を支える重要な要素として注目されています。そんな中、千葉大学の研究チームによる興味深い調査結果が明らかになりました。
千葉大学予防医学センターの吉田紘明特任助教、花里真道准教授、大学院工学研究院の鈴木弘樹准教授らの研究チームは、東京都A区に住む高齢者2046人を対象に、住宅の玄関まわりの特徴とうつの関係性を調査。その結果、玄関まわりに植木や花などの植物がある住宅に住む高齢者は、そうでない住宅に住む高齢者に比べて、うつの割合が16%低いことが判明しました。
この研究成果は、2025年6月25日に予防医学専門誌「Preventive Medicine Reports」にて発表されました。

■調査の概要と背景
うつは高齢者にとって深刻な健康リスクの一つであり、身体機能や認知機能の低下、さらには早期死亡のリスクを高めることが指摘されています。
これまで、住宅内の環境と高齢者のメンタルヘルスとの関係は多く研究されてきましたが、玄関まわりの環境(前庭やポーチ、植木やプランターなどの存在)とメンタルヘルスの関係を直接調査した研究はほとんどありませんでした。
今回の研究では、65歳以上の地域在住高齢者2046人(平均年齢75歳)を対象に、2022年と2023年の2回にわたりアンケート調査を実施。玄関まわりの植栽や設備とうつの有無を評価しました。うつの評価には老年期うつ評価尺度(GDS-15)を使用し、得点が5点以上の人を「うつあり」と判定しました。
また、玄関まわりの特徴は、2023年時点での玄関まわりにある、階段、庇(ひさし)や軒下、植木や花、駐車場、玄関外側のベンチや腰掛け、引き戸の玄関扉、玄関内側の土間の有無について回答を得ました。調査開始時の性別、年代、教育年数、就労状況、等価所得(注1)、社会的孤立、手段的日常生活動作(注2)、外出頻度、うつの有無、治療中疾患の有無、住宅種別、人口密度の影響を取り除き、修正ポアソン回帰分析(注3)にてうつの有病率比を算出しました。
注1)等価所得: 世帯の生活水準を適切に評価(=世帯規模の違いを考慮して等価に)するために、世帯の所得を世帯人数の平方根で割り算出される所得。
注2)手段的日常生活動作 (IADL): Instrumental Activity of Daily Livingの略。買い物、調理、食事、排泄、着替えといった日常的生活を送るために必要かつ複雑な動作を示す用語。
注3)修正ポアソン回帰分析:ある出来事が起こる割合(今回の研究では「うつの割合」)と、様々な要因との関連の強さを調べる分析方法。
■研究の主な結果
調査によると、2046人のうち22.4%にあたる458人が「うつあり」と判定されました。
植物がある住宅:うつの割合が16%低い(PR=0.84, 95%CI: 0.71–0.98)
特に集合住宅居住者(植物がある者)では、うつの割合が28%低く(PR=0.72, 95%CI: 0.52–0.99)その差は統計学的に有意である。
戸建て住宅(植物がある者)では15%低い傾向(PR=0.85, 95%CI: 0.70–1.03)で統計学的に有意とは言えないものの、うつとの関連を示す傾向がみられました。
このように、玄関まわりの植物の存在が、特に集合住宅の高齢者のメンタルヘルスに良い影響を与えている可能性が示されました。
PR (Prevalence Ratio、有病率比):ある要因を持つ集団が持たない集団に比べて、特定の状態(ここではうつであること)である割合が何倍かを示す指標。
■考えられるメカニズムは3つ
研究チームは、植物の存在が高齢者のうつ軽減に寄与する要因として、以下の3つを挙げています。
- 社会的交流の増加
植物の手入れ中に近隣住民との挨拶や会話が生まれ、孤立を防ぐ。 - 身体活動の促進
水やりや剪定などの作業が、日常的な運動習慣を形成する。 - ストレスの軽減
自然とのふれあいによる癒し効果が、精神的な安定に寄与する。
■今後の課題と展望
本研究は横断的な調査であるため、因果関係の特定には至っていません。今後は、植物の種類や配置方法といった質的な違いも含め、縦断的な研究の必要性が指摘されています。
また、集合住宅では玄関まわりに植物を置くスペースの確保や、管理規約の整備なども課題となります。「植物を置ける住まい」そのものが、高齢者のメンタルヘルスの新たな支援環境となる可能性もあり、今後のまちづくりや住環境設計への応用が期待されます。
■まとめ
「住まいは単なる居場所ではなく、健康を育む“環境”である」という視点は、近年ますます重要性を増しています。今回の研究が注目すべき点は、「玄関まわり」という見過ごされがちな部分に焦点を当て、居住者の心の健康との関連を科学的に示したことにあります。
特に集合住宅では、プライバシーと公共性のバランスが問われる中、こうした自然との小さな接点が健康づくりに繋がるとすれば、管理規約や共用部のあり方を見直すきっかけになるかもしれません。
「植物を育てることが心の支えになる」——このような研究結果は、超高齢社会における不動産・都市開発のあり方を見つめ直す重要なヒントになると感じられます。
■研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(JP22K04450、JP23K16349、JP 24K17914、JP 25K01387)や令和5年度地域中核大学イノベーション創出環境強化事業などの助成を受けて実施されました。
■論文情報
- タイトル:Association between home entrance characteristics and depression: A cross-sectional study of community-dwelling older adults in Japan
- 著者:Hiroaki Yoshida, Masamichi Hanazato, Yoko Matsuoka, Yu-Ru Chen, Aiko Eguchi, Yusuke Mizuno, Hiroki Suzuki
- 雑誌:Preventive Medicine Reports
- DOI:10.1016/j.pmedr.2025.103148
■参考文献1)
- タイトル:Depression in older adults
- 雑誌:Annual review of clinical psychology
- DOI:10.1146/annurev.clinpsy.032408.153621
■参考文献2)
- タイトル: The Association between Residential Environment and Self-Rated Mental Health among Older Canadians: The Moderating Effects of Education and Gender
- 雑誌:Canadian Journal on Aging
- DOI:10.1017/S0714980824000230
■参考文献3)
- タイトル:The association between loneliness and depressive symptoms among adults aged 50 years and older: a 12-year population-based cohort study
- 雑誌:The Lancet Psychiatry
- DOI:10.1016/S2215-0366(20)30383-7
■参考文献4)
- タイトル:Gardening is beneficial for health: A meta-analysis
- 雑誌:Preventive medicine reports
- DOI:10.1016/j.pmedr.2016.11.007



















